麻生専門学校グループ

教育理念

専門性を高め、かつ人間性・人格の成長を図ります。
1939年(昭和14年)の創立以来、優れた産業人を輩出してきた麻生専門学校グループ。社会の変化に対応できる良識と高い専門技術・知識を備え、常に挑戦する意欲に満ちた専門職を育成し、即戦力として社会へ送り出すことで社会へ貢献することを目指しています。
高度な専門知識や技術はもちろんのこと、それを最大限に発揮するための「人間力」を高める独自の教育プログラムを全校で推し進め、専門力だけでなく、思いやりや自立心を兼ね備えた人材教育にも力を注いでいます。

無私

校訓

私利・私欲を捨て、他人に尽くす。
無私とは、私利私欲をはからず、他人に尽くすことで、自分自身の成長を促し、かつ他人に対して、思いやりの心で接し、相手の考えや立場を尊重するという意味です。職業を通じて社会に貢献する産業人は「無私」の心を持つ者であらねばなりません。

太平洋戦争に突入する前年の1940年(昭和15年)年頭にあたり、麻生太賀吉氏は従来から麻生商店で実践している「滅私奉公」の精神をグループ会社全社員にも賛同を仰ぎたいと、信念のよりどころを語りました。全社員に向けて、仕事に対して私心は微塵もなく、ただひたすら国家・社会に奉仕するためだけであることを、情熱をこめて訓示しました。
これに応えて奮闘する社員の姿が、今も語り継がれています。麻生塾でも、卒業を数日後に控えた塾生が早朝から深夜まで校内に踏みとどまって労働に励み、召集令状を手にした教員が出発の前日まで教壇に立つというエピソードが残されています。
戦後、麻生塾は、創設当時の精神を遵守して、「仕事を通じて社会に貢献」を合言葉に「無私奉公」、「初志貫徹」を深く肝に銘じ、新制高校として再発足することになりました。

1959年(昭和34年)、麻生塾創立20周年にあたり、麻生塾の卒業生達は麻生塾の精神を後世に継承するために、創設者の座右の銘「無私」を石碑に刻み寄贈しました。揮毫は創設者の義父・吉田茂元内閣総理大臣です。
麻生電子ビジネス専門学校発足後、「無私」の碑は福岡キャンパスの現在の4号館の場所に移設され、教職員・学生とも登校下校の際にこれを仰ぎ、全員の心のよりどころとして建学の精神を受け継いでいきました。
その後石碑は飯塚の麻生塾発祥の地に移されましたが、「無私」を校訓として正式に位置づけ、毎年新たに麻生専門学校グループに入学してくる若い世代にその精神を伝えています。
麻生太賀吉氏が最も大事にしていた人間教育が企業の基本であるという信念、そして教育の目的は職業を通じて社会に奉仕する産業人の育成であること、そのためには自分の利益や主観や感情を判断基準から外し、広く自由な視野を持ち「無私」の精神を持って行動すること、という強い思いは、今日の麻生塾の中に生き続けています。